うつ病の治療
うつ病の主な治療法には、休養・精神療法(作業療法)、薬物療法があります。
(1)休養
うつ病の患者さんの治療において基本となるのが、「休養」と「薬物療法」です。そのなかでも、 心と体を十分に休養させることがもっとも重要だといわれています。特に抑うつ状態の強い患者さんにとっては、休養をとることが非常に重要となります。なぜなら、フル回転で毎日を送ってきた患者さんにとっていったんブレーキをかけることは、新たに自分のペースをつかむきっかけとなるからです。休養をとることで薬物療法も本来の力を発揮でき、休養と薬物療法は車の両輪のような存在といえるでしょう。
とはいえ家事や育児に追われていたり、仕事を持っている人の中には、休むことに大きな抵抗を感じる人もいるでしょう。休養をマイナスイメージで捉える患者さんは多いようですが、休養は治療の一環です。心と体をしっかり休めて、うつ病治療に専念しましょう。
休むときには、環境にも気をつけましょう。自宅で休むといっても、小さなこどもがいたり、自営業で人の出入りが多い、また家族の理解が得られないといった状況では、かえってイライラしたり、気をつかったりするものです。そうしたときには、入院をしてじっくり休養をとるという選択肢もあります。
また、抑うつ症状の強い時期には静かな環境で安静を保つ必要がありますが、3食はなるべく決まった時間帯にとり、一定の睡眠時間を保つなど、生活リズムを乱さないようにしましょう。気が向くようなら、散歩などの軽い運動を始めてみるのも心身によい影響をもたらします。回復への道のりに向けて少しずつ、やりたいと思うことを実行していきましょう。実行してみて「楽だった」と感じることが、次の回復へのステップへとつながるのです。
(2)精神療法(作業療法)
十分な休養・環境調整と薬物治療を組み合わせることでうつ病はかなり回復するといわれていますが、うつ病の原因となったストレスを振り返って対処法を学んで調子の良い状態を維持し、再発を防ぐ目的で行われるのが精神療法です。もっとも一般的なものに「認知行動療法」と「対人関係療法」があります。
うつ病になりやすいといわれている生真面目で責任感のある性格は、常識的で社会性があり本来好ましいものですが、いいかえれば、仕事などで手を抜くことができず完璧を求めてしまったり、過度に自分を責めてしまったりするためにストレスを感じやすい性格ということができます。
・認知行動療法
認知に働きかけて気持ちを楽にする精神療法(心理療法)の一種です。認知は、ものの受け取り方や考え方という意味です。ストレスを感じると私たちは悲観的に考えがちになって、問題を解決できないこころの状態に追い込んでいきますが、認知療法では、そうした考え方のバランスを取ってストレスに上手に対応できるこころの状態をつくっていきます。
認知行動療法では、自動思考と呼ばれる、気持ちが大きく動揺したりつらくなったりした時に患者の頭に浮かんでいた考えに目を向けて、それがどの程度、現実と食い違っているかを検証し、思考のバランスをとっていきます。それによって問題解決を助けていくのですが、こうした作業が効果を上げるためには、面接場面はもちろん、ホームワークを用いて日常生活のなかで行うことが不可欠です。
・対人関係療法
「重要な他者」との「現在の」関係に焦点を当てて治療するものです。また、単に焦点を当てるのではなく、そこで問題になっていることを四つのテーマのうちの一つに分類し、それぞれの戦略に従って治療をしていく、というふうにある程度マニュアル化されています。治療法がきちんと定義されているので、効果のデータも正確にとることができ、有効性が検証されています。精神療法の中でも、有効性を証明するデータがもっとも多い治療法であるといえます。
・作業療法
作業療法の役割は受容的、支持的な精神療法的関わりのもとに、作業療法を関わりの手段とし、言語を介さないことで精神的負担を軽減するといった関わりから始まります。 そして現実的な枠の中で対象者が安定し、新しい適応的人間関係を体験した後に、以前の生活や社会的地位への復帰を援助します。
(3)薬物療法
薬物療法がのぞましいと判断された場合は、セロトニンやノルアドレナリンに作用する、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)、NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ剤)などの抗うつ薬が使われることがあります。他にも三環系や四環系と呼ばれるものもあり、医師はこれらの抗うつ薬の中から患者さんの症状に合ったものを処方します。
薬物療法を行う場合、最初は副作用を抑えるために少量から抗うつ薬の服用を開始し、徐々に適切な服用量に調整していきます。抗うつ薬の効果があらわれるまでには、服用開始から2∼3週間ほどかかるため、吐き気や眠気、めまい、頭痛などの副作用が先にでる場合があります。副作用がひどいと感じるときや長引くときなど、気になることがある場合は、医師にご相談ください。
抗うつ薬の効果はすぐに現れず、 2∼3週間、同じ薬を飲み続けてから、効果の有無を判定します。
・副作用の例: 頭痛、倦怠感、便秘・下痢、口の渇き、眠気、吐き気・嘔吐など
(4)その他の治療
・運動療法
心臓に負担にならない程度の有酸素運動(ウォーキング、ジョギング、サイクリングなど)を行う治療法で、薬物治療と組み合わせて行います。
・高照度光療法
非常に明るい光(2500ルクス以上)を1日1〜2時間程度照射する治療法です。
・修正型電気けいれん療法(m-ECT)
全身麻酔と筋肉けいれんを抑える薬を使用して、脳に数秒間の電気刺激を与える治療法です。重篤な場合や深刻な焦燥感、強い希死念慮(死にたいと思う気持ち)がある場合、副作用などの理由で薬物治療が難しい場合などに用いられます。
・経頭蓋磁気刺激法(TMS)
特殊な機械で磁場を発生させ、そこで生じた誘導電流で神経細胞を刺激する方法です。
治療を続けていてもなかなか効果が現れない事例もある
うつ病治療ではしっかり休養をとりながら、主治医の指示どおりに抗うつ薬を十分な量(それぞれの薬に定められた最大用量)、十分な期間(半年以上)服用することが必要です。早期に抗うつ薬を減らしてしまったり、飲むのを止めてしまったりすると、症状が改善しないまま慢性化してしまうことがあります。
抗うつ薬による治療で症状が改善する方は約50%、寛解(症状がなくなること)する方は全体の約30%というデータがありますから、主治医の指示どおりに抗うつ薬による治療を続けていてもなかなかよくならないと感じている方は決して少なくありません。ただし、これは1種類の抗うつ薬で治療した場合のデータですから、「自分のうつ病は治らない」と悲観的になる必要はありません。薬の効果には個人差がありますし、抗うつ薬にはさまざまな種類があり効き方も異なりますので、別の抗うつ薬を試してみると効果がみられることがあります。 主治医と相談の上、うつ病は治ると信じて焦らずに治療を続けましょう。
それでも効果が感じられない場合は、そのうつ症状がうつ病以外の病気によるものである可能性を疑ってみる必要があります。なかでも双極性障害のうつ状態はうつ病と同じ症状が現れますが、治療薬は異なりますので注意が必要です。何年前のことでも構いませんので、これまでに躁状態(気分が高揚し、ハイテンションで、怒りっぽく、普段の調子を超えて活動的になった時期が数日以上続いたなど)になったことはなかったか、一緒に生活する家族にも聞いてみて、思い当たることがある場合には主治医に伝えるようにしましょう。
うつ病患者への接し方や指導のポイント
治療法を調べている方のなかには、家族の方もいるでしょう。うつ病と思われる方との接し方や指導が分からないと思います。下に記載しますので、参考にしてみてください。
(1)接し方のポイント
・患者の心理的負担になり症状が増悪する可能性があるため、激励は絶対に禁忌である。
・患者がすでに長い間つらい気持ちに立ち向かってきたことに対し、共感・受容的な態度を示す。
・特に回復する時期は自殺企図が多いため、患者の言動・行動には常に注意を払う。
・自殺未遂を繰り返しながら遂行してしまうこともあるため、既往者には十分な注意が必要である。
・精神的・精神的に休息できるよう静かな場所を提供し、刺激を避ける。
(2)指導のポイント
・無理はしなくてよいこと、必ずよくなることを繰り返し伝える。
・疾病を理解させ、睡眠障害や身体障害を観察しながら休息やリラックス法をとれるようにする。
・家族の気持ちも受けとめ、患者への対応の仕方や疾患に関する正しい知識を提供する。
・自己判断で服薬を止めることのないよう、薬の効果や副作用についての説明を十分行う。
うつ病の再発予防
(1) 病気であることを自覚する
うつ病の患者さんは、なかなか自分がうつ病だと認めたくないものです。「ちょっと調子が悪いだけだ」と無理をしてがんばりすぎてしまうことが少なくありません。うつ病は適切な治療が必要な病気です。やる気が出なかったり、これまで普通にできていたことができなくなっているのはうつ病のためです。病気が改善すれば、また以前の生活を取り戻すこともできます。
(2)隠さないで周囲の人に知ってもらう
うつ病に対して世間の理解はいまだ十分とはいえませんが、うつ病を隠すことで、周囲の人に「やる気がない」「なまけている」と非難されてしまうこともあります。また、周囲の目を気にすることでストレスがよけいにたまることも考えられます。家族はもちろん、職場の同僚や友人などにはできるだけ病気であることを話し、治療に向けてサポートを受けるほうがスムーズに治療が進みます。
(3)重大な決断は先のばしに
うつ状態のときには、考え方がマイナス思考になりがちで悲観的になっています。仕事をやめる、離婚するなどの重要なことは、しばらく棚上げにして、すぐに決断をすることはさけましょう。治癒後、「なぜあのとき、あんなことを決断してしまったのだろう」と後悔される患者さんも少なくありません。
(4)ゆとりのある生活を
何でも100%で完璧にしないと気がすまない性格が、うつ病の誘因になることがあります。生活では少し手を抜いて、八分目くらいをこころがけましょう。たくさんのことを一度にしようとしないことも必要です。またこうした完璧主義の人は、治療にも完璧を求めますので、なかなか治療の効果が思うように上がらないと、焦ったり不安を感じて、症状が悪化することもあります。「だいたいこれぐらいでよいのではないか」と、考えに幅をもたせることが大切です。
(5)自分だけで抱え込まない
すべてを自分ひとりで抱え込もうとすると、それだけで大きな負担がかかります。周囲の人を信頼して、任せられることは任せるということも必要です。
(6)アルコールの量に注意する
アルコールは眠りを浅くし、うつ病を悪化させることもあります。アルコールを飲むと確かに寝つきはよくなりますが、早く目覚めるようになります。つまりアルコールにはうつ病と同様に深睡眠(睡眠段階3、4)を減少させる作用があるので、アルコールがうつ病をつくるような作用があります。またアルコール飲料を飲むと、一時的に気が晴れた感じがしますが、うつ病が治ったわけではありません。抗うつ薬の作用にも影響を与えることがありますので、アルコールと一緒に服用することはさけてください。
(7)楽しみの時間をつくる
うつ病の患者さんには、楽しんだり休む時間をつくることに罪悪感を覚える人もいます。しかし楽しい時間を過ごすことも、うつ病の治療法の1つです。積極的に自分から楽しみをみつけるようにしましょう。例えば落語を聞くなど「笑う習慣・ユーモアを養う時間」をとり入れると、ストレス軽減にもなります。そうした時間をつくり出すために計画表をつくったり、楽しかったことを日記やノートに書くこともよいでしょう。こころが沈んだときにこうしたものを読み返して、楽しい時間がつくれたことを思い出し、自信をもつことにもつながります。
まとめ
うつ病のサインに気づいたら、1日も早く医師に相談してみましょう。治療には少し時間がかかることもありますが、ゆっくり休養をとり、くすりによる治療で日常生活の支障も軽くなってきます。また、ご家族や周りの方に付き添ってもらい、一緒に病院へ受診することでうつ病への理解が得られ、治療がスムーズに進みやすくなります。