うつ病・抗うつ薬の体験談を320件ほど公開しています(2020.7.25 現在)

うつ病の体験談【うつ病を乗り越えて】

私は中学三年生の時に躁うつ病と診断されました。自分でもなぜ落ち込んでいるのかよくわからなかったのを今でも覚えています。事の発端は中学三年生と言う時期に、家の事情で転校したことででした。北海道から新潟の市内の高校にでした。


私の性格はと言うと地元でも比較的友達の中心的立場で明るく、良く冗談を言って笑って、家の中と言うよりは外で遊ぶタイプの子でした。そんな性格だったためか、転校してもすぐに友達も増え何ら不自由なく楽しく過ごす事が出来ました。そこまで容姿も悪い方でもなかったので、異性の友達も増えよく話す中になる人も多かったです。転校生なのにその高校でも注目置かれる生徒になっていました。

しかし、その中学校の生徒のほとんどは小学校から進学の一貫性の学校で、私みたく転校してくることが異例な特別のケースでした。そのため転校生は余計目立っていたのもあったのだとおもいます。そこで目立つ私を面白くない生徒が出てきました。

最初は軽い冗談から始まり、変なありもしない噂を流されたり、足が大きいだの目が大きいだのと体の事を言われたりしました。一番いやだったのが、女子からの視線がだんだん変わって行って、あの人は変わった人だよといった風潮になったことでした。それからというもの、私を見るたびにこそこそ話をする人が増え、一体何なんだと嫌になりました。

これに拍車をかけたのが高校受験のシーズンに入ったことでした。すでに学校内は私にとってストレスフルの社会になっていたのに、勉強と言う面でも重圧がのしかかってきたのです。次第に人の目が学校内で気になり始めて、勉強にも集中できなくなり、悪循環を引き起こしました。

友達はいたのですが、学校と言う場が私にとっては行きたくない場所へと変わっていきました。気づけば私は不登校になっていました。一日中ベッドに横になっていました。人間関係のもつれと受験という重圧から現実逃避したかったのかもしれません。

そこから鬱になるには時間はかかりませんでした。まるで180度人が変わったように暗くなり、日々不安の日々を過ごしていました。情緒も不安定になり、よく泣くようになりました。漠然とした不安と被害妄想、転校の後悔やそれでも私をサポートしてくれる家族の優しさや友達。そういったものが頭の中でごちゃごちゃになった気分でした。

サポートしてくれる人たちの期待に答えれない、具体的には体が学校に行くのにアレルギーを起こしていたのです。自分を毎日攻めるようになりました。不思議なのが、先生や友達が家に様子を見に遊びに来てくれると、今まで通りの自分を演出して、皆と何の気なく会話を楽しみそして笑いあえるのです。でも、彼らがいなくなった部屋になるとまた暗くなるといった現象が起きるようになりました。

そこで、病院に行くと躁うつ病と判断され薬を処方されました。気分にムラがあり、その振れ幅が大きいという事でした。これは自分でも実感していましたが不思議にこの気持ちを自分でコントロールできなかったのです。薬も気休め程度で効いたように感じたことはありませんでした。

半年は苦しみました。苦しみましたが自分なりにこのままではだめになると思い意を決して留学することにしたのです。この突発的な考えや行動も今考えれば躁うつ病の症状だったのかもしれません。しかし、それを後押ししてくれる親や友達がいてくれました。

その後は環境がガラッと変わったためか、ふさぎ込むこともなく逆に言葉も通じない世界からのスタートだったので新しい自分を見つける事が出来、気づけばうつ病が自然に治っていました。そして何より今まで以上に強い自分に慣れたと思えるようになりました。