うつ病・抗うつ薬の体験談を320件ほど公開しています(2020.7.25 現在)

うつ病の体験談【私がうつ病になってから】

実際にうつ病を体験された方の体験談を載せています。

私は20代前半で軽いうつ病だと医師から診断されました。
そのときのことを詳しく書かせて頂きたいと思います。


私は、短大を卒業しすぐに働き始めました。初めの1年間は東京に本社があるので東京での研修4ヶ月ほどしてから、東北にある支社に異動になり、そこで働きながら一人暮らしをしました。(東北の支社へ異動になることは入社前からわかっていました)


最初は、みなさん仲良くしてくださり、楽しい日々を過ごしていたのですが、
指導員とウマが合わず、だんだんとつらい日々に代わってゆきました。指導員は同じ社内の人たちとチャットでこそこそとやりとりをし私の悪口や私の同期の悪口をものすごく言っていました。そして、週1で開かれる新人研修の打ち合わせと称した私達新人の悪口大会が開かれるようになったのです。


 仕事が早くできないと指導員からにらまれ「まだなの?」と嫌みのような口調で言われ、私ができないと「はぁ、呆れた」などと言い、別室に連れて行っては指導という名の名目でその指導員の同期から聞いた私の情報をつかみ、悪口を言ってくるのです。


私はだんだんと息をするのも怖くなり、こそこそ話している声が聞こえると全て私の悪口を言っているんだと認識してしまうようになりました。


何をするにも怖くてごはんをトイレで食べたこともありました。指導員はあなたは仕事ができないんだからなどと言い、同期と比べ、私のことをバカにしてきました。それに、私達のお昼ご飯を食べている姿を指導員の上司にまで悪口を言っていて飲み会のときにその上司から


「あなたたち(私と私の同期達)って仲悪いの?」

とまで言われた始末です。特に同期の仲は悪くはなかったのですが、そんなことを話していると知った私達同期は恐れおののきました。


何をするにも私の行動の監視と指導員の同期からの情報収集は欠かさないとても怖い指導員となっていきました。そのころからずっと何もなくても涙があふれてきてしょうがありませんでした。会社に行くときはメイクが崩れてしまうのでなんとか堪えていたのですが、会社に近づくにつれてだんだん息遣いが荒くなり、とくに勾配のある道のりでもなかったはずなのに息が荒くなり、自転車をこぐことが難しくなっていきました。

 

そんなことが重なってゆき、9月の半ばからずっと「キーン」という耳鳴りが鳴りやまなくなってしまったのです。耳鳴りはだんだん音量が大きくなってゆき、家で一人でずっとその耳鳴りに悩まされうるさいと言っていたこともありました。今思えば本当に精神異常者以外のなんでもありません。


そのうち治るだろうと踏んでいた私はよく調べもせずに3週間放置しました。するとある日、昼休み中にひどいめまいに襲われ、あまりの気持ち悪さに次の日、耳鼻科を受診しました。


医師からはストレスからくる耳鳴りだと説明があり、早めにしかるべき機関へ受診したほうがよいと指示を受けました。薬は3週間分頂きました。
聴力検査もしてもらったのですが、びっくりするくらい片方の耳だけ何も聞き取れないような状態になっていました。耳鳴りの音が大きすぎて聞こえてこないのです。
しかし、自分が精神的な病気だと認識するのに時間がかかり数か月たっても精神科へ行く勇気が出ませんでした。


それでもストレスは体を蝕み、ご飯は気持ち悪く口に入れることが難しかったのですが、仕事のため仕方なく無理やり口に押し込んでいました。
夜は眠れず朝は起きれずの悪循環へ陥ってしましました。もちろん耳鳴りは治ることはなく、再発しの繰り返しで何度か耳鼻科へ通院しそのたびに医師から精神科を受診するよう指示が出ていました。


そんな生活をしているとき、友人から早く医者に行ったほうがいいとアドバイスをもらい重い足取りで精神科を受診しました。
医師の口から出た言葉は「軽いうつ病ですね」とのことでした。私はものすごいショックで車を運転しながら大号泣してしまいました。
処方してもらった薬はあまり思い出せないのですが、睡眠薬が2種類あったのは覚えています。
その時睡眠薬を飲むのは私は初めてだったので、仕事がある日は怖くて怖くて朝起きれなかったらどうしようという恐怖に襲われ飲むことが正直難しかったです。
でも、眠らないと仕事にいくのもつらいので仕方なく睡眠薬を口にして眠りにつきました。


次の日なぜかがんばればまだ仕事に間に合う時間に起きたのにもう間に合わないと感じてしまった私はそのままベッドで大号泣でした。
立ち上がることもできずにスマホから家族へ連絡し、迎えにきてもらいました。実感は隣県でしたので3時間くらいで迎えに来ることができます。
家族は優しく対応してくれて、まずは会社に休むことを連絡しなさい。自分を傷つけることはしてはダメだと言ってくれて迎えに来ることを約束してくれました。


私はその後、その通りに会社へ連絡し、ベッドでぐっすり眠りました。この時久しぶりに眠ったという実感が得られました。
その後、迎えにきてくれた家族と私は実家に帰り、会社を退職しました。
今は地元の会社へ就職し、普通の生活を送っています。