高齢の親のことを考えて東京から地元へ戻ったあと、環境の変化や孤独感の中で気分が落ち込み、心療内科を受診しながら少しずつ地元での暮らしを整えていった体験談です。
体験談の要点
- 東京で働いていたものの、高齢の親が心配で田舎へ戻った。
- 地元で仕事を始めたが、環境の変化や友人の少なさから休日に落ち込むようになった。
- 涙が止まらない状態になり、心療内科で悩みを話しながら薬を飲んで生活を続けた。
- 地元の友人や職場の人との関わり、東京旅行を自分に許すことで気分転換できるようになった。
親のことを考えて東京から地元へ戻った
東京で働いていましたが、高齢の親のことが心配で田舎に帰りました。
東京のキラキラした都会の街並みから一転、地元は少子高齢化に伴って活気が少なくなり、寂しい街並みに変わっていました。その雰囲気に慣れない中で、なんとか仕事を探して働き始めました。
もともと自分が住んでいた土地なので、知っている場所のはずでした。それでも、環境の変化には戸惑いました。仕事はなんとかこなしていましたが、平日に気が張っていた分、休みの日になると落ち込むようになってしまいました。
環境の変化と休日の落ち込み
気分転換しようにも、田舎なので遊びに行くような所もなく、どんどん塞ぎ込んでいきました。
東京には友達が数人いましたが、地元には友達もおらず、家族としか付き合いがありませんでした。友達とランチやお茶をして気を紛らわすこともできませんでした。
仕事のある日は深く考えずにいられましたが、休みの日は一日寝て過ごすことも増えました。涙が止まらないことも出てきたため、心療内科に行くことを決断しました。
涙が止まらず心療内科を受診した
主治医に今悩んでいることを正直に話し、薬を飲みながら3年ほど生活を続けました。
本当に少しずつですが、地元で友達ができたり、職場の人が優しかったりするちょっとしたことで、地元もそんなに悪くないと思えるようになりました。
主治医は「辛いならまた、都会に出ちゃえばいいじゃない!」とおっしゃいました。ただ、親のこともあるので難しいため、代わりに息が詰まったらいつでも東京旅行に行くことを自分に許しました。そうして、うまく気分転換を図るようにしたことで自分が楽になりました。
悩みを話せたことと今の地元での生活
何よりも、誰かに自分の胸の内をさらけ出し、わかってもらうことを今まで私はしたことがありませんでした。
自分の弱みを見せるのが苦手で、全部自分で抱え込んでしまうことが、私がうつになった大きな理由だったような気がします。
初診で主治医に勇気を出してすべて悩みを話した時、自然と涙が出てきてとても恥ずかしかったのですが、同時にものすごく気が楽になり、肩の荷が下りたような気がしました。ずっと不眠だったのに、その夜はとてもよく眠れたのを覚えています。
今も相変わらず地元で暮らしていますが、心療内科も卒業し、時々落ち込むことはありますが元気に過ごしています。
私の経験では、うつになってしまう人は自分ですべてを抱え込んでしまうタイプなのではないかと思います。自分の弱みを見せるのはとても勇気がいりますが、信頼できる人に頼ることも大切だと感じました。薬も重要ではありますが、誰かに話を聞いてもらうこと自体が、私にとっては支えになりました。
まとめ
この体験談では、親のことを考えて東京から地元へ戻った後、環境の変化や孤独感の中で気分が落ち込み、心療内科を受診した経過が語られています。
悩みを主治医に話したこと、地元で少しずつ人とのつながりができたこと、東京旅行を自分に許したことが、地元で暮らし続けるうえでの支えになっていきました。
※このページは個人の体験談を紹介するものであり、特定の薬の効果や安全性を保証するものではありません。薬の使用、増量、減量、中止については、必ず医師や薬剤師へ相談してください。
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