うつ病・抗うつ薬の体験談を320件ほど公開しています(2020.7.25 現在)

うつ病の体験談【当たり前が当たり前じゃなくなる】

私がうつ病になったのは大学生の頃です。

それまで当たり前にできていたことが全くできなくなりました。怠けているだけだ!と言う人もいるかもしれませんが、怠けたくもないのにただ純粋にできない、気合ではどうにもならない程とにかく苦しかったです。

歯が磨けない、入浴しないといけない、起きられないなど、理解しているのにどうしても出来ない、そんな日々が続きました。

小説で「鉛を呑み込んだような」という表現がありますが、正にそのイメージで、胸元からお腹にかけてが重く苦しかった覚えがあります。物理的に胸のあたりが重くなることはあるはずないのに、朝目覚めたとき、胸のあたりが重たく感じて起き上がれなかったほどです。

景色や人の顔に黒いもやがかかっているような感じがして、それだけで気分が重くなりました。

表情筋が動きにくくなり、笑顔が作れなくなり、家族や友人といる時間が苦痛になりました。相手の話を聞いているのが辛くて、話を聞いている最中に叫んで逃げ出したくなりました。

私の周りには優しい良い人が多かっただけに、そんな人たちといる時間を楽しめない自分は最低だとだと思ってしまい、自分を責めてしまいました。

私は、自分が精神を病んでしまったことを周りの誰にも相談できませんでした。両親にも、友人にも、恋人にも。

相談することで気を遣わせてしまうかもしれない、嫌われてしまうかもしれない。そんなことが頭をよぎり、どうしても打ち明けられませんでした。未だに誰にも言えずにいます。

私は大学生活の中で人間関係で思い悩み、それがきっかけで精神が病みました。毎日毎日死んでしまおうと思っていました。

そんなある日、ふっと何も感じなくなったのです。散々「死にたい」「もう嫌だ」という考えで頭の中を埋め尽くしていたのにです。何も感じなくなった代りに、私は通学時、駅のホームから飛び降りようとしていました。それも無意識に。

私が事を起こしてしまう前に近くにいた見知らぬ人が止めてくれたので我に帰りました。その瞬間、自分の精神の危うさに気が付き、病院に通う事を決めました。予約の電話は泣きながら話していました。

当たり前に話していた友人との日常会話が苦しくなりました。当たり前に食べていた朝食が食べられなくなりました。

当たり前に毎日聴いていた音楽を聴くのが辛くなりました。当たり前が当たり前でなくなるたびに、自分はもう普通じゃないのかもしれない、と絶望感に打ちひしがれていました。

私は今でもうつ病ですが、通院と服薬のおかげでだいぶ回復傾向にあります。けれども、完全に治ることはないかもしれないとも思います。一度うつ病を患えば、これから一生付き合っていかなければならないんじゃないかとぼんやり考えて生活しています。

私はできなくなってしまった「当たり前」を、また「当たり前」に戻すため、奮闘して生きています。