うつ病・抗うつ薬の体験談を320件ほど公開しています(2020.7.25 現在)

うつ病の体験談【思考を乗っ取られる病気】

この記事を読む皆さんは、今どんな気持ちですか?
タイトルからして「なんかヤバそう」「何それ?」という感じでしょうか。

このように、人の感じる心は視覚的には文字や絵で、聴覚的には声や音で、触覚的には肌で、それぞれ外部から入ってくる情報によって左右されます。そして「寒い!」と感じれば「上着を着よう。暖かい室内がいいなぁ。」と思考が働くわけです。これが健常な人の脳の働きです。

タイトルの「思考を乗っ取られる」とは、いくら「寒い!」と感じても思考が働かないのです。つまり「暖房をつけよう。上着を着よう。」とは思わないのです。好きなアーティストがテレビでパフォーマンスを披露していれば「カッコいい!素敵!」と憧れるでしょう。でも、うつを発症している人には、憧れたり特別な感情を抱かない症状が多いのです。

「うつ 意欲 低下」と検索すれば、ヒット件数は非常に多く、学術的な文献もたくさんあります。これまで全く、うつを発症したことがない人にとってはなかなか理解しがたい事態ではないでしょうか。

しかし、物事に意欲がなくなって、今まで好きだったものが、一時的に好きではなくなることを経験した人は多いはずです。その原因は様々です。お仕事や生活の中でトラブルがあったり、人生の岐路でたくさん悩んだり、大切な恋人に別れを告げられたり。

嫌なことは忘れたいのに、なかなか忘れることができない状態に心当たりはありませんか?これが俗に言う「うつは精神の風邪」と言われる所以なのです。もちろん心身共に屈強で風邪にかかったことはない人もいますが、多くの人が1度は経験するのです。

そして、ほとんどの人は身近な人、家族や友人などによって気持ちを支えられて、次第に健康を取り戻します。風邪なので、だれでも重傷になるわけではありません。ですが、実際の風邪だって、放置してこじらせた場合には肺炎、気管支炎、腹膜炎など、重篤な症状に陥るケースもあります。放置すれば、最悪な事態、つまり死に至ります。

精神の風邪も同じです。まだ名前や治療法が上手く確立されてないだけで、重篤化、致死のケースは非常に多いです。シリアの内戦では、2019年の死者は約1万1千人(人権監視団発表)。一方で、日本における自殺者は約2万人(警視庁)。戦争中の国よりも多くの死者が出るほどに、この国では精神的に病を抱える人が多いです。

世間が新型コロナウイルスの脅威に懸念を示している中、約1分に1人のペースで自殺者が出ています。つまり、うつを初めとする精神疾患は、得体の知れないウイルスよりも遙かに、人の命を奪っているのです。 (※この記事は2020年2月下旬時点にて作成されています)

ここまで、いかに「うつに代表される精神疾患」が恐ろしいものなのかを説明いたしました。

次に、私のことについて説明いたします。簡潔に説明すると、3度の退職という失敗を経て障害者手帳を取得し、現在は就労移行支援事業所に通所しています。

私は高校を卒業したあと、順調に自動車関係の東証一部上場企業の正社員になりました。当時熱意に満ち溢れていた自分が希望した部署は「自分がなりたい自分」になる為にはこれ以上ない環境でした。

その熱意が認められ入社2年目の時、20歳にして係長になり、部下(非正規雇用ですが、私よりずっと年上で経験豊富。部下と言うのもためらうほどです。)を持ちました。我ながらすごいことだと思っています。だからこそ、非正規雇用に甘んじている従業員達が職にあぶれないように、自身と部下へ指示する業務に必死に意欲的に取り組みました。

一方で、上司からの指示を聞き、部下の仕事に落とし込むことや、結果報告のプレゼンで上手く質問に対する受け答えができないなど、ストレスは溜まる一方でした。ストレスをうまく発散出来なく、ストレスとの付き合い方をまだ知らなかった当時22歳の私は、自分自身のふがいなさを責めることしか出来ませんでした。当然、そんなことをしていればあっという間に会社に出勤するのが怖くなりました。

そんな中でも、海外出向の話を内々示で話をもらった時点では意欲的に「はい!是非行きます!」と応え、環境が変化することで「何とかなる!」と踏ん切りがつけば、心機一転してまた自分が望む自分に近づける、そう考えていました。

しかし海外で何をするのか計画を立てていましたが、全く見通しがつかなく、次第に(自分ができることなんてなにもない)と、意欲を持っていた仕事に対して、ネガティブになっていったのです。

そしてついに、自殺一歩手前まで行きました。ここから記憶が曖昧です。おそらく自分で上司に、海外出向できる状態ではないことを報告して、内示が出た後で人事異動を中止してもらったのだと思います。

そしてスムーズに有給休暇、休職をさせてもらいました。休職期間は1年間+有給休暇があったので、その間に体調が回復すると見込んでいたと思います。ですが、半年ほど行方をくらまして、捜索願を出されて警察に保護してもらったり、2週間ぐらいトイレ以外では布団から出られなかったりと、かなり荒れていました。

なんとか自分の100kg超の身体を自力で動かせるようになったので、精神科の病院に行って初診にかかりました。「著しいうつ状態」という診断でした。エビリファイという抗うつ薬の処方を受けて、服薬治療を始めました。

ですが、これまで熱意を持っていた仕事への興味は恐ろしいほどに無く、休職期間満了までに復帰はかなわずに退職することになりました。ですが、退職することで一気に憑きものが取れた感覚でした。

私がはっきり覚えているのも、最初に勤めた企業を退職した後からです。退職後、どんどん体調は良くなり、次は「自分と同じように、傷病によって生活が困難な人に寄り添える職業に付きたい」という意欲が回復しました。医師からも「次の就職に向けて動いて大丈夫」とのお墨付きをもらえました。

そして、自然と医療福祉の業界を志しました。現在はハロートレーニングと呼ばれている、職業安定所が訓練費用を負担してくれる制度を利用し、その中に「介護福祉士養成コース」があったので、学費を職業安定所に負担してもらい、26歳にして専門学校に通うことになりました。

相変わらず、「やる!!」と決めたことへの熱意は変わらず、学校の成績は良く、国家試験は難なく合格。就活は専門学校のカリキュラムの中で実習があり、そこでお世話になった特別養護老人ホームからオファーをいただきました。卒業するちょっと前の2月からアルバイトとして勤め、専門学校を卒業し、4月一臂から正社員として勤めました。

やはり業務には意欲的です。老人ホームのご利用者様の好みや、ご利用者様の安全や健康上要注意なことから、細かい記録の付け方まで、先輩からは「覚えが早い」と言われて嬉しかったものです。

ですが、そんな全力疾走も3ヶ月が限界でした。先輩からの指示を忘れることがあったり、以前は上手くできていたことが、日に日に出来なくなっていきました。俗に言う「燃え尽き症候群」あるいは「五月病」でしょうか。

仕事に対しての興味も無くなっていきました。ちゃんと業務を上手くできたとしても、喜ぶことができませんでした。失敗だけはよく覚えていても、次はどうしたら良いのか考えることができませんでした。どうしたら良いのか考えられず、また自責することだけで呼吸を保っていました。

ここでも、記憶が曖昧です。誰に胸中を打ち明けたのか、どんな流れで休職したのか覚えていません。いつの間にか休職期間は満了になり退職しました。それでも働かざる者は食べていけません。また次の就職活動を始めます。

医師は難色を示していましたが、経済的な事情から働かざるを得ないのです。そんな時に見つけたのが、たまたま自宅から近い場所にあった自動車の中古部品の生産を手がけている工場でした。社員役員併せて30人弱の小さい工場でした。

面接に行くと、面接のその場で「明日からうちで働いてみてくれない?」と、即採用でした。嬉しかったです。最初に勤めた企業での業務経験を非常に高く買ってくれました。その翌日から早速勤めました。

やはり私は意欲的です。始業の30分前には準備を終えて、中古部品の生産スタッフとして必要な勉強をしてました。またもや、その仕事へ対する姿勢を高く買ってくれました。ですが、些細なことから「は?お前何を勉強してたの?意味ねぇじゃん!見た目だけかよ!」と、勉強して真面目にやってたことを取り上げて責められました。初めて自責ではなく他責によって退職しました。

経済的に逼迫していることや、憂鬱で3回に渡る退職の失敗で何事にも興味がなくなりました。その経過を逐一、医師に報告したら「うつを伴う気分障害が見られます。自立するために必要な支援を受けませんか?」と勧められたことがきっかけで、精神障害者福祉手帳を取得しました。

そして現在、医師による薬の処方と服薬によって安定しているため「障害者が一般企業に就職することを目指して訓練と実績を積むための支援を受ける場」である就労移行支援事業所に通所しています。

以上が私の経歴の詳細でした。

次に、うつ病の当事者として、今後どうしたいかを述べたいと思います。
要約すると「私の後に続け!」です。

うつ病がどれだけの人の命を脅かすのかを知ったのも、自分が命の淵をさまよった当事者だからです。そして、今も刻一刻と自殺を企画したり実行してしまう人、あるいは死ぬ方が楽なぐらいに苦しんでいる人がいます。

私はそんな人達が同じ空の下に、同じ大地の上に、同じ国の中に居るのに、そうと分かって何もしないことを選ぶことはできません。理由は「それが私の生き方」だからでしょう。

ですが、大いに憂慮すべきこともあります。それは「熱意」です。私は今まで「熱意」によって動かされ、「熱意」によって倒れてきました。なのにまた、生き方という「熱意」がこもる信念の基で生きて大丈夫なのでしょうか。

また燃え尽きるように、うつ状態を再発するのではないかと非常に迷いました。でも、私は4回目も熱意によって生きることを選びます。なぜなら、これまで「独りで物事を解決することが『自立』であり、人々に迷惑を掛けずに助けることが『仕事』である」と、「自立」と「仕事」を両立できる人が「社会人」だと勘違いしていました。

ですが、今の私は「独りで物事を解決する必要はない」「迷惑を掛けたっていい」と、自分の不完全を受け入れることで、誰かを頼る力を身につけました。そして、自分の不完全を認めることができるから、他人の不完全を補って「助ける仕事」ができて、自分の不完全を補ってもらえるように頼む「自立」ができるのです。

最後に、私は「うつ病は思考を乗っ取られる病気」と表現しました。私の場合は物事に対する興味が無くなり、動けなくなることです。他には「何もできないことに対する罪悪感で死にたい」とか「日常的に『甘えだ!』と言われて、余計に気持ちが沈む」など、原因が自分にあるのか他人なのか、両方ともあると思います。

どちらにせよ「考えたくないことを考えさせられて、感じたくないことを感じさせられている」状態です。

物事を深く考えて、それが活かされて誰かの救いになる日が来ることを信じて、今できることをやりましょう。もちろん、うつ病を自覚することも、今できる立派なことです。

私はうつ病を治せたわけではありません。だからこそ、うつ病でなにもできない人に、寄り添い心を支える存在になることを目指しています。だから、私にできることは「この記事を通して、私の考えをあなたに伝えること」なのです。

そして、あなたにできることは三つあります。
一つ目は、思考を乗っ取られる病気に苦しんでいる自分に、寄り添って支えてくれる人を受け入れる。二つ目は、思考を乗っ取られる病気に苦しんでいる人に、自分が寄り添って支える人になる。三つ目は、何もしない傍観者になる。以上です。

どの道を選ぶかはあなたの自由です。誰も、あなたの選択に合否をつける権利はありません。なぜならば、あなたの感じる心はあなただけのものだからです。

うつ病、つまり「思考を乗っ取られる病気」に特効薬がない以上、必要なのは人です。しかも、ただの人ではありません。苦しんでいる心を理解しようと、寄り添える人です。あなたにも、そんな人になって欲しいです。