うつ病・抗うつ薬の体験談を320件ほど公開しています(2020.7.25 現在)

うつ病の体験談【苦しかった3年間とその後の完治と再発の繰り返し】

私がうつ病になったのは高校1年生の秋でした。初めは動悸、息切れ、過呼吸でした。「深刻な病気なのか?」と思い、母親に相談しました。

母親は医療従事者だったため、早急に循環器内科に私を連れていき、心電図の検査をしました。しかしどこにも異常は見当たりませんでした。

私はこの頃、学校でいじめに遭い、家庭もめちゃくちゃでした。DVの父親とは本来半年間の接見禁止が児相から出されていましたが、母が何を思ったか家に連れ戻し、一緒に暮らし始めたところでした。

とにかく日常のストレスは多く、父やクラスメイトの一部から相変わらず殴られ蹴られ暴言を吐かれ、他クラスの人達からも無視され続ける日々でした。

そんな毎日を送っていたことから自ずと「これは身体的な病気ではなく、精神的なものなのか?」と思うようになりました。当時交際していた彼に相談したところ、一緒に心療内科に行こうということになりました。

しかし、高校生の身分で心療内科に通うお金もなく、まずは正直に母に相談しました。当然のことながら理解を得られず、少ないバイト代と祖母からもらったお小遣いで通院してみました。そのとき、パニック障害とうつ病を発症していたことが分かりました。

親に隠れてコソコソと通院するようになり1年半が経ちました。相変わらず彼に連れ添ってもらっていましたが、何かの拍子に通院していることが母にバレてしまいました。かなり怒られたことは言うまでもありませんでした。

後の話ですが、母は自分の子供がうつ病になるわけない!と思っていたようです。私的にはあれだけのことがあって(特に父のことですが)うつ病になるわけがないと思っていた母が未だに怖いですが、そんな母にもバレたことで、堂々と通院するようになりました。

相変わらず病院代は出してもらえなかったので、自分の少ないバイト代を工面し通院をしていました。それから1年ほど経ち、進学前に母は一年かけてやっと病気について理解を示してくれました。

家族に内緒でコソコソと通院する日々や、通院がバレてからも嫌味を言われながら通院した3年間はとても苦痛でした。当時交際していた彼に付き添ってもらっていたおかげで死ぬようなことにはなりませんでしたが、それでも何度もODをして、救急車に搬送されました。

その度に母は「ほら見ろ、精神科なんか行くから頭おかしくなるんや」などと罵られることもあり、余計に苦しくODを繰り返す日々でした。何度も胃洗浄させられ、苦しくても死ぬためにひたすらODを繰り返していたように思います。それから結局父と母が離婚し、私は地方都市に進学したため、しばらくは紹介された病院に転院という形で通院していました。

3年間ほど通院していく中で、やがて完治が見込まれると主治医に告げられました。「やっと終わった…」と思いました。

ODを繰り返していた過去が原因だったのか、「薬がないと…」と異常な不安に襲われることはありましたが、徐々に薬の量も減らすことに成功し、社会人一年目で通院が終わりました。仕事も問題なくこなして、特につらいこともありませんでした。

しかし結婚し、妊娠したことでうつ病が再発しました。なかなか夫の理解が得られず、罵られたことが原因でした。

また、産後うつも発症しました。現在2人の子供を育児していますが、2人ともの産後に産後うつを発症しました。今はUターンで地元に戻ってきたため、時間が出来たら通院したいと考えていますが、子供たちが待機児童のためなかなか病院に行けないでいます。ただこの4月から子供たちも保育園が始まるので通院を考えています。