義母が10年以上うつ病と向き合う中で、嫁の立場から電話対応、同居、服薬の変化、家族としての負担を経験した体験談です。義母の死に関する発言や近親者の自死にも触れながら、家族が支え続けてきた経過が語られています。
体験談の要点
義母は家族内の出来事をきっかけに体調を崩し、自ら病院へ行ってうつ病の診断を受けました。嫁である私は、死に関する電話、服薬の中断、近親者の自死、同居、医師判断による服薬の変化を見守りながら、10年以上続く義母のうつ病と家族の負担を経験してきました。
明るかった義母と嫁としての距離感
義理の母親が、10年ほど前からうつを患っています。義理の母はもともと明るく、元気なザ・大阪のおばちゃんでした。
6人兄弟の末っ子として育ち、自分のわがままを押し通しながら、言いたいことは何でも言う人でした。今でもそうです。
関西人ではない私にとっては強烈な姑でした。家が汚れることを異常に嫌がり、外食した後は玄関で全裸になってから家の中へ入るよう強制されたこともありました。
正月の予定をめぐって崩れた家族関係
そんな義母に異常が表れたのは、私が2人目の子どもを妊娠していたときのことでした。義父には独身の兄がいて、義父母の近所に住んでいました。
義母はその義父の兄のことを嫌っていました。心臓の弱い義父を遊びに連れ回して体調を崩させたり、盆正月には当たり前のように義父母の家に居座り、義母を家政婦のように扱っていたからです。
義母は料理が苦手なのもあり、お正月くらいゆっくりしたいという理由で、その年のお正月は和歌山の温泉宿を義父母、私たち家族、義妹家族の分まで予約してくれていました。
しかし、義父の兄の分が予約されていないことを知った義父が怒り、義母に相当な物言いをしたそうです。義父が宿にキャンセルの連絡を入れ、いつものようにお正月を義父母の家で、義父の兄も一緒に過ごすことになりました。
お正月は一見元気に見えたのですが、私たち家族と義妹家族が帰った後、うつの症状が出てきたそうです。
受診と診断後に続いた電話
義母の話によると、まず朝起きられなくなったり、起きなければいけないのに体が動かなかったりしたそうです。
義父が寝ている義母の周りを掃除機をかけたり、「洗濯するからな」「ご飯作るからな」といちいち言ってきたりして、義母は寝ていることを責められているような気になり、しぶしぶ起き上がらざるを得なかったそうです。
ご飯を食べても、何を食べても砂の味しかしなかったそうで、1か月で5〜6kg痩せていました。眠れなくなり、食べられなくなり、自ら病院に行き、うつの診断を受けたそうです。
うつの診断を受けてから、毎日のように「死にたいねん」と電話がかかってきました。突き放すこともできず、電話にずっと付き合いました。電話のこちら側で2歳半の息子が大泣きしていても、義母は構わずしゃべり続けていました。
治療中も、調子がよくなると自分で勝手に服薬を中止したりしていました。何度言っても聞く耳を持ちませんでした。
近親者の自死と同居を決めた時期
私が2人目を出産してしばらく経ったときのことです。義母の実姉の旦那さんが長年うつ病を患っていて、義母とも分かち合い、励まし合っていたのですが、その旦那さんが自殺してしまいました。
義母が「自分も」と言い出さないか、気が気ではありませんでした。しかし義母は、そのときに、死んだら子どもたちに迷惑をかけるから絶対に死んだらあかん、と思ったそうです。
それから2週間ほどして、義母が私たち家族と一緒に暮らしたいと言いました。産後のしんどい時期ではありましたが、迎えることにしました。
私たち家族と暮らし始め、新生児と元気な長男に囲まれて過ごしたためか、義母は日に日に元気を取り戻していきました。義父としばらく離れたのもよかったのかもしれません。
服薬の変化と10年以上続く家族の負担
半年ほど一緒に暮らし、よく眠り、よく食べられるようになったので、医師の診断のもと、服薬をしばらく中止することができました。それからこの10年間は、医師の判断で服薬したりしなかったりを繰り返しています。
今でもわがままは健在なので、ちょっと困っていることもあります。何か自分の気に入らない方向に物事が進みそうになると、すぐに「また、うつになるわぁ。再発するわぁ」と言われ、私たちが従わざるを得ない状況を作り出します。
うつの原因ははっきりしないことが多いんじゃないかと思います。いろいろなことが積もり積もってどうしようもなくなり、心が寝込んでしまうのかもしれません。
本人がもちろん一番きついでしょうが、状態がひどくならないようにサポートする周りもとても大変でした。自分の子どもには甘えられへんねん、と言って、いろいろ言いたい放題甘えられた私は、正直しんどくて、自分もどうにかなってしまいそうでした。
それでも、子どもを3人抱えながら、この子たちの母親としてしっかり生きないと、と思ってなんとか耐えました。支えられるものがあると、なんとか心のバランスを崩さずに保てるのかなとも思いました。
でも、それは私の神経が図太いだけの話かもしれません。そう義母に言われたので。そんな減らず口を叩きますが、まだ完治していないところに、うつの難しさを感じます。
まとめ
この体験談では、義母が家族内の出来事をきっかけにうつ病と診断され、死に関する発言、服薬の中断や再開、近親者の自死、嫁家族との同居を経て、10年以上病気と向き合ってきた経過が語られています。嫁である私は、幼い子どもを育てながら義母を支え続けた負担と、現在も続く難しさを振り返っています。
※このページは個人または家族の体験談を紹介するものであり、特定の薬の効果や安全性を保証するものではありません。薬の使用、増量、減量、中止については、必ず医師や薬剤師に相談してください。
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