うつ病・抗うつ薬の体験談を320件ほど公開しています(2020.7.25 現在)

うつ病の体験談【離婚をキッカケにうつ病、病院を転々とし今の病院に落ち着いた経験談】

離婚から10数年間「うつ病」で苦しみました。

13年前に旦那の浮気で相当なショックを受けました。離婚後、手続きなどが一通り落ち着いた頃には気持ちが沈みがちで家事や炊事が出来なくなり、心と体のバラナンスを崩しているのに自分では気が付きませんでした。

周りに言われて初めて心療内科に受診して「うつ病」だと診断されました。
心療内科では来院順から診察だったので1時間待ち、3分診療なんて当たり前の病院でした。
此方側の話をじっくり聞くわけでもなく、薬を出して終了だったので先生に対して不信感を持ち始めました。

決定打となったことは、先生に誰も頼れる人間が居ないことを相談すると「母親なんだから自分で子供の面倒を見ながら治療していくんだよ」と、高圧的な態度を取られてしまいました。私は看護師に此処の先生とは合わないので他の病院を紹介して欲しいと頼み、紹介状を書いてもらいました。

次の病院へ行きましたが、此処の病院では話は聞いてくれるものの、適切な言葉を先生から貰えず、自分がどうなっていくのか先が見えずにいました。それでも転院したばかりだったので様子を見ることにしました。

受診は予約だったので苦痛は無かったのですが、先生とのコミュニケーションが中々噛み合わず、消極的な発言ばかりだったので、不安を抱えたままお薬だけを処方して貰う為に行っていたような病院でした。1年半通いましたが、結局行くのが嫌になり、自分からフェードアウトしたような形をとってしまいました。

それでもその時は体調も良く、仕事も出来ていたので、薬が無くても大丈夫だろうという安易な考えをもっていました。さらに都合の良いように「私は大丈夫、治った」と言い聞かせて2年程ですが仕事を続けていました。

ある時、電話対応でミスをしてしまい年下の上司から注意を受けた際、もの凄い汗と手の震えと眩暈があり、自分でもこれはおかしいと感じるようになりました。それから1週間程休みを頂き、今の病院へと駆け込みました。

診断結果は「混合性不安抑うつ障害」で、仕事を辞めざるを得ない状態まで症状がひどくなっていました。仕事を辞めてからは、仕事をしたくても出来ない環境に焦りを感じていました。何もかもに対し疲れ切ってしまい、家事、洗濯、子育てもままならない状態が1か月ほど続きました。それからは先生がじっくり話を聞いて下さってるお陰で落ち着きを取り戻すようになりました。

自分の症状を自分自身で認識しないと、最悪の場合は楽になりたい(=死にたい)願望が強く出てしまうこともありました。ネットで自殺サイトを見ては楽に死ねる方法などを見て、いつでも死ねる事を考えていました。それくらい、うつ病は本当に危険な病気だと実感しています。

また、目に見えない病気なので周りから誤解を受ける事もしばしあります。
私は友達だと思っていた人にSNSで「元気なら働けや」という書き込みをされて大変ショックを受けました。それからは友達と呼べる人とは距離を置いています。それくらい周りから理解されにくい病気だということを今でも実感しています。

身内からも「仕事しないの?」と悪気のない言葉をかけられることもありますが、今の私にとっては凄く辛い言葉を浴びせられてるように感じてしまいます。また、子供達、特に長女は私の病気対して理解を得られてないところが心苦しく、今の病気のネックとなっているのが現状です。やはり身内から理解されにくいというのは凄く心苦しくなり、病気を治すうえで妨げになっていることも事実の一つであると考えています。

去年は、病気でありながらどうしても仕事がしたくて、先生を説得して高校時代からお世話になっていた個人商店で働くことになりました。もちろん私の病気を理解したうえで働かせてもらう事が条件でしたが、理解を示してくれたのは最初の3日間だけで、その後は人為不足を理由に、
出勤回数が増えていきました。

私自身もはっきりとお断りすれば良かったのですが、性格上断ることが出来ず、期待に応えようと完璧主義な性格がでてしまい、出勤回数が増えても頑張って薬を飲みながら出勤していました。

とうとう体に限界が来てしまい、出勤する時になって過呼吸発作を起こしてしまい、かかりつけの精神科病院へと運ばれました。自分でも気がつかなかったのですが、看護師さんからは、「ちょっとヤツれたんじゃない?」と言われて自分が無理していることに気が付き、結局1ヶ月で辞めてしまいました。

給料をもらいに行くときも心苦しさを抱えながらいきました。店長の一言目は「これからどうするの?いつ出勤できるの?」と目を疑うような発言でした。働くことは出来ませんとはっきりとお断りの返事をしたら、不機嫌になってしまい後味の悪く帰宅しました。

それから、社会不適合者なんだと自分を責めてしまう毎日でした。家事も炊事も出来ない、追い討ちをかける様に個人商店でお世話になった人からも今の状態を抜けだせないなら今後も貴方は自分の力で働くことは不可能だと言われてしまいました。

病気を持っていても働くことは不可能ではない事を見返したく、隣町のチャットレディとして通勤することにしました。もちろん先生には内緒で働き始めました。

初めて風俗業界へ足を踏み入れたのですが、最初は出来るだろうと簡単に考えていました。また、一部の人には病気の事を伝えた上で仕事をしていました。チャットレディという接客サービスは苦手分野でもあり、薬を飲みながらの接客で私が思った以上にキツイ仕事でした。

3ヶ月続けましたが、接客中にお相手の無理な注文で過呼吸発作を起こしてしまい、泣き出してしまいました。その日はそれ以上仕事が出来なくなり帰宅しました。それから体調がすぐれなくなり、結局チャットレディも辞めることにしました。

辞めてからは本当に疲れ切っていて何も考えることが出来ず、心と体がバラバラな状態で、家の事を出来るような状態ではありませでした。

体調が優れず、先生に「なんで生きているのか解らない」「生きている意味を見出せない」と伝えたところ、今の薬からさらに安定剤と睡眠薬が追加されました。また、強めの睡眠薬が寝る前に1錠追加となりました。

正直、薬が追加になりホッとしたのも正直なところでした。朝昼晩と安定剤を飲み、眠気が来た時は横になって寝てしまう、素直に生活するようにしました。

先生からは「今は色々なことを考えすぎてしまうから、薬の副作用で眠気が生じるけど良い?」「今は少し、頭をボーとさせた方が良いと思うんだよね。」と説明があり、私自身もその方が余計なことを考えなくてすむし、副作用で眠気が来て寝てしまったら、起きたときに頭もすっきりしているのが実際のところだったので、納得して処方して貰いました。

今の先生は焦らず少しずつ治療していこうという方針なので、私に合っていて通院治療できる病院だと実感しています。また、予約制でもあり、先生もじっくりと聞いて下さるし、先生がコロコロ変更もないので、今では信頼の置ける先生に巡り合えたなと思っています。

10数年という時間がかかりましたが、今の先生に会えてホッとしています。これからも時間がかかりますが、頑張らずに自分のペースで病気に向き合っていこうと思っています。完治までの道のりこそ時間がかかると思いますが、先生と自分のペースで焦らず治癒していきたいと思います。

ここからは現在うつ病にかかっている人、周りにうつ病を患っている人がいる人に向けて少しでも役に立てそうな事を、私の経験を元に記述したいと思います。

病院選びは慎重を要すると実感してます。病院の先生によって、自分に合う合わないがあるので行ってみないと判断出来ません。うつ病の治癒は医師によって左右されるのかとも思います。

病院の先生によりますが、相談した時に否定せずに肯定してくれる先生であれば、ある程度安心してもいいのかなと思います。私の先生も、私の言葉を絶対に否定することなく尊重してくれるので安心して診察を受ける事ができると思います。

また、仕事がしたくても出来ない状態を自分自身の中で受け入れないと、焦りばかりが出てしまい不安も大きくなるので、金銭面の支援を相談した方が安心して治療に専念できると思います。

私は初め、精神科に抵抗があり心療内科に通院していました。けれど「うつ病」はそれなりの症状だと思うので、専門医である精神科にきちんと受診した方が完治の近道だと私は思います。見た目は普通の主婦の方が受診に来ているし、外来の雰囲気も相当病院側は配慮しているので、できるなら専門家である精神科にいく事をお勧めします。

薬の処方などは先生と相談しながらの方が良いと思います。薬はどうしても副作用がつきものなので、服用してみて副作用が辛いなと思ったら、電話でも良いですし、受診日に先生に素直に伝えることが大切です。我慢は逆にストレスとなり、良くない方向へと向かう可能性も否定できないので、自分に合う薬を処方して貰うのが一番の効果だと私は思います。

また、薬局に行った時も初めての方は問診票を書くことになるので、過去の疾患や手術などの記載は詳しく記載した方が良いと思います。問診票を提出する時にお薬手帳も必ず提出することです。

私も精神科のほかに耳鼻科に通院しているので、飲んでいる薬の情報は薬局とも共有しておきたく、お薬手帳は必ず持参しています。通院しているうちに薬剤師さんとのコミュニケーションも図ることができれば、病院と薬局との連携がスムーズに行えるので、薬剤師さんの質問には素直に答えた方が良いと思います。

10数年前から「うつ病」に悩み苦しみ、身内や他人からは理解されず、本当に苦しい10数年間だったと今でも思います。「どうして私の人生は苦難ばかりなんだ」とネガティブなことを考えたりしました。

家族からの理解が得られずに最悪の結果を招いてしまった従妹が居ます。
本当に悔やまれてなりません。「うつ病」で薬を服用していたのにもかかわらず、家族からの理解が得られずに、この世を立ち去りました。お葬式に行ったときに不自然に首元にガーゼを当てておりまししたが、横から見ると首元にくっきりと跡が付いていたのを今でも昨日の事のように思い出します。

身内から理解が得られないのは相当つらいものです。従妹も相当つらい思いをしたのかなと思います。私も同じ病気を持っている身としては、衝撃的な出来事でした。とても複雑な気持ちになりながら葬儀に参列したのを覚えています。

当時の私としては衝撃的過ぎてショックが大きく、動揺を隠せず体調を崩してしまった経験があります。その後従妹の事は長期的に引きずってしまい、なかなか調子が戻らずに苦しみました。

最近になってようやく家事や炊事が出来るようになり、「何の為に生きているんだろ」という気持ちが薄れてきて、静かに穏やかに過ごすことが出来ればという気持ちに変わりつつあります。

まだ波があって家の事が出来なくなる時もありますが、そういう時は自分を受け入れて、出来ないものはできないと良い意味で開き直るようにしています。自分を追い詰めないように暮らすことは容易ではありませんが、今の状況を受け入れて開き直ると気持ちも楽になります。

すべてを否定してしまうとどんどん自分を追い詰めてしまい、最悪の結果にもなりかねません。数週間前の私がそうでした。「何のために生きているのか」「何時でも死ねる」。そんな気持ちを抱えながら苦しんでいたのは事実です。

心に留めておくとどんどん嫌な方向へと気持ちが向かってしまうので、私は精神科の先生に素直に伝えることを意識しています。口に出してしまえば意外と気持ちが楽になり、嫌な考え方も薄れていく事を知りました。先生も私の話を否定せずに解決の道へと導いてくださるので本当に今の先生に出会えて良かったと実感しています。

過去の経験が無かったら、自分が病気にならなかったら、人の痛みが理解できない人間になっていたかもしれません。冷徹な人間になっていたかもしれません。今までの経験は、私にとっては貴重な経験です。

目に見えない病気だからこそ、人の痛みに寄り添う気持ちが持てるようになりました。
目の前で困ってる人を見て助ける事が出来る人間になりましてた。
友人からの暴言を受けて、人の何気ない言葉で傷つくなら、人に対して労わりと寄り添う気持ちを持とうという気持ちになることも出来ました。

とても苦しい経験をしてきたからこそ、そして今も病気と向き合い戦っている経験をしているからこそ、強くなれる部分もあると思います。一方で自分の弱さを見つける事も出来る、人の痛みが理解できる、寄り添う気持ちを持つことが出来る、人として成長も出来るんだと実感しています

まだ治療の段階でマイナスからのスタートだけど、それでもいいと考えています。
マイナスから気が付いたらプラスになってることもあるかもしれません。また、マイナスに戻るかもしれません。
「うつ病」はそれくらい厄介な病気なんだということを世間がもっと認知して欲しいなと心から願っています。