出産後の不眠と孤立の中で希死念慮を抱え、20年前に産後うつを経験した方の体験談です。
複数のクリニックを受診しても「神経症」と診断されるにとどまった当時の経緯から、精神科専門病院への入院、双極性2型障害との診断、そして現在に至るまでが本人の言葉でつづられています。
体験談の要点
- 体験談の主体:20年前に第一子を出産した方
- 背景:切迫流産で4ヶ月安静入院後に出産
- 産後の状況:不眠、夫・義母の理解が得られない日々が続いた
- 経過:希死念慮が続き、複数のクリニックを受診したが「神経症」と診断
- その後:深刻な状態に至り精神科専門病院に入院、双極性2型障害と診断された
- 現在:約4ヶ月で退院後、日常生活を送れており、息子は大学生になった
出産直後から始まった不眠と、追い詰められていく日々
20年前、息子を出産し退院しました。
息子の出産までは、切迫流産で4ヶ月間安静入院していたので、あまりに現実感がなく、気持ちがついていきませんでした。
赤ちゃんは可愛いのです。ですが、4時間おきの授乳、夜中の泣き声で神経がたかぶり、帰宅後1週間で眠れなくなりました。
当時、夫は待望の第一子誕生で浮かれていたのか、私の不眠をあまり心配していませんでした。
更に、産後の手伝いに、義母が来ていました。
ありがたかったのですが、義母は家事も育児も、立ち居振る舞いからして素早く、私はそのスピードにも追い立てられ、急かされている気がして、追い詰められていきました。
「眠れないんです」と訴えても「人間、寝なきゃ死んでしまうのよ。少しは寝てるのよ」とたしなめられました。
夫も同調して、身体の動きが鈍い私を「やる気がないから、できないんだよ」と責めました。
常に不眠で頭がもわっとして、心身が動かず、気力が出ません。
1ヶ月たたないうちに、希死念慮が出てきました。
死ぬにはどうしたらいいか、冴えない頭で考え、小さなバッグを持って玄関に立ちました。
「おいおい、どこ行くの?」驚く夫にぽつりと「樹海ってどうやって行くんだっけ?」つぶやきました。
そこでやっと夫は私の様子がおかしい、と実感したのかネットで近辺の心療内科や精神科を探し、街のクリニックに連れて行かれました。
不眠が2週間以上続いており希死念慮が頭から離れない、現在ならすぐにうつ病を疑う症状だったはずです。
しかし3つのクリニックをまわりましたが、診断は「神経症」。当時、抗うつ剤は処方されませんでした。
希死念慮が続く中での育児
また、日常が続きます。
私は常に死ぬ方法を考え続けながら、赤ちゃんにミルクを飲ませる、オムツを替える、泣いたら抱っこ、それ以外の時間は、落ち着かずにうろうろと狭い部屋の中を歩き回りました。
産後1ヶ月、希死念慮が出てきた頃から、私は不安にかられるようになりました。
生後8ヶ月頃から離乳食を作らなければならないのですが、自分が当時何かを選択することが出来なくなっているので、離乳食が作れないイコール赤ちゃんが死ぬ、そんな不安が絶え間なく襲いました。
夫は、希死念慮ばかり唱える私にうんざりしているようでした。
離乳食の心配を伝えても、呆れるばかりで投げやりになったり、私に怒鳴りつけて叱りました。地獄のような日々でした。
深刻な状態に至り、精神科への入院
刻々と時はたち、いよいよ生後8ヶ月が近づいてきました。
私はある日思いたって家を出ました。
夕方で、赤ちゃんに最後のミルクを与え、眠ってから出たかったのに、なかなか眠らず、ひどい母親ですが、泣き叫ぶ息子を後に家を出ました。
どこへ行けば死ねるだろう。
とりあえず駅に向かいました。
実家のマンションから飛び降りようか。
新幹線に乗るつもりでホームにたち、やはり夫の近くで死のうと思い、新幹線の前に飛び降りました。
あとから聞いたところ、新幹線は私のすぐ手前で急停止したそうです。
それからは、鉄道警察官に自宅に連れられ、夫が泣いていました。赤ちゃんも、私を見て泣き止みました。
私は頭がボーッとして、事態がよくわかりませんでした。
翌日、私は精神科の専門病院に入院し結果的に治療の途中で双極性2型障害になりました。
退院後、そして現在
それでも約4ヶ月で退院し、やっと息子を心から可愛いと思えるようになりました。
それまでは、感情がわかず、可愛いとも可愛くないとも思えなかったのです。
双極性障害とは今日までうまく付き合いながら、日常生活を送れています。
息子も大学生になりました。
あの地獄の日々は、本当に言葉にできない辛い日々でした。
今、あのとき死なずに本当に良かったと思います。うつ病の恐ろしさは、みなさんにわかってほしいです。
まとめ
不眠が続く中で希死念慮が生じ、複数のクリニックを受診しても当時は「神経症」と診断されるにとどまった経緯は、受診しても思うような支援につながらなかった当時の状況を示しています。
夫や義母に理解されないまま育児を続けなければならなかった孤立感が、状態をさらに悪化させていったことが伝わります。
「あのとき死なずに本当に良かった」という言葉は、20年後に語れる立場になったからこその言葉として受け取れます。つらさが続いているときは、ひとりで抱え込まず、医療機関や相談窓口に話してみてください。
※このページは個人の体験談を紹介するものであり、特定の薬の効果や安全性を保証するものではありません。薬の使用、増量、減量、中止については、自己判断で行わず必ず医師や薬剤師に相談してください。本文には希死念慮・自殺未遂についての記述がありますが、これはこの方が当時経験したことを率直に語ったものです。つらさや死への考えが浮かんでいる場合は、ひとりで抱え込まず医療機関や相談窓口に相談してください。今すぐ身の危険がある場合は、相談窓口の返答を待たず119番・110番などの緊急連絡先をご利用ください。相談先についてはこちらのページをご参照ください。
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