私は、学校のクラス替えや進学等の環境の変化に適応するのが苦手でした。
学校を卒業後、就職で今まで住んだことがない土地に引越し、大多数が男性職員の職場に勤めることになりました。
引越し、就職、学生とは違う環境と自分を取り巻く環境の変化に緊張し続ける日々の始まりでした。
職場では特定の男性主任Hに目を付けられ、指導と言う名のいじめのようなもの(この当時はパワハラと言う言葉はなかったです。)に遭いました。
Hから1日2時間は怒鳴られ説教される、作成した書類は何度も何度も書き直しさせられました。
それが続くうちに寝られなくなり、食事がとれなくなり、動悸がしたり体調不良が続き、産業医に紹介された内科に通院しました。
内科ではハルシオン、デパス等の精神安定剤、胃薬を処方され飲み続けました。
それでも寝られなく、動悸・頻脈が収まらず通院するたびに薬の量や種類が増えました。
1か月の薬代が1万円を超えるようになっていました。
仕事に行く日は、朝複数の目覚まし時計をかけて起きる、カロリーメイトを1/2箱袋食べて家を出るのがやっとでした。
仕事中はどうすればHに叱られずに済むか意識が集中して、Hに怯える日々でした。
どんなに気を付けてもHには怒鳴られる。
どうにか1日をやり過ごし仕事を終えてもストレスで胃が痛い、ろくに寝ていないのに夜は目が冴えて布団に入っても寝られない悪循環が続きました。
家にいても、Hの声や説教がフラッシュバックする、恐怖で泣き出したり、過呼吸を引き起こしたり気持ちが安らぐ時間はありませんでした。
その間、食事は食べたり食べなかったりで、とりあえず生命維持を考えていたのかポカリスエットなど水分だけは取っていました。
休日も何もする気が起きず、1日の2/3は布団から出ない(出られない)状態で、今考えればどう過ごしていたかを思い出せません。
何もする気はなく、食事も適当なのに薬だけは”飲まなければならない”という強迫観念に縛られ、1日3回欠かさずに飲み、さらに市販の睡眠導入剤も追加して飲んでいました。
何をしても不安で、何かに頼りたい状態にいた自分が一番頼っていたのは薬だったのでしょう。
薬を飲むことには異常に執着していて、これを欠かしてはいけないと自分にノルマを課していました。
胃の痛みがひどすぎたので、胃カメラを飲んで検査したら十二指腸に穴が開きかけていました。
消化器の薬も増え、当然真面目に飲み続けました。
通院費・病院の薬と市販の薬と異様な出費をしていましたが、その当時は全く気にかけたこともありませんでした。
そんな時間を半年以上過ごし、自分の中でストレスもプレッシャーでの心の摩耗も身体の疲労も限界を超えました。
そんな週末の夜、「何も考えずずっと眠りたい。ぐっすり深く眠りたい。とにかく眠りたい。」と、睡眠薬や安定剤を残っているだけ全部飲んで眠りました。
自分が目覚めた時は病院のベッドの上でした。
今度は精神科がある病院でした。オーバードーズと言う言葉を先生から聞いて初めて知りました。
どうやら、職場の人もHの指導はやりすぎだけれど、私に死なれても上司の責任問題になるとみていたようです。
その後は休職し、自宅療養しましたがずっとフラッシュバックが起きたり、公共の乗り物に乗れない時間が続きました。
最初の就職での躓きから精神が壊れて、薬に頼る結果になってしまいました。
ちなみに、その3か月後に退職し、地元に帰り地元の病院に通うことになります。