うつ病・抗うつ薬の体験談を320件ほど公開しています(2020.7.25 現在)

うつ病の体験談【パニック障害からのうつ病診断】

もともと少しネガティブ的な考え方をしてしまうところはありましたが、精神的に病になることなく大学生までは普通に過ごしていました。

就職氷河期でもあり、なかなか希望する職種に就けるような社会情勢ではありませんでした。そして、私が勤めた会社はなかなかのブラックでした。

朝は始発電車より早く出勤を促され、夜は終電より遅く帰る日々が続き、私は精神的に限界がきてしまいました。

ある朝のことです。出勤の準備をしたいのですが、着替えられなくなりました。明らかにオカシイ私に母が驚き、私を病院に連れていくと“パニック障害”との診断されました。

結果として仕事を続けることは断念し、家で療養する日々を過ごしていました。

回復傾向にもなってきたため、ずっと家で寝ているわけにもいかないと焦りを感じ、資格を取ることを決めました。

資格を取ること自体は、自分のペースで勉強もでき、なんとか資格取得をすることができました。資格取得をした頃には、パニック障害もだいぶ寛解してきており、新たな就職場所を探すため転職活動に専念をしていました。

転職は少し時間を要しましたが、なんとか仕事に就くこともでき、新たな社会人生活をスタートしようと意気込んでいるところでした。

その仕事場は女性特有の嫌がらせや、派閥グループでの揉め事など、なかなか問題がある会社でした。入社して一年程は我慢出来ていたのですが、それ以降は毎日涙を流しながら仕事をする場所となっていました。

そしてちょうどそんな時期に、母方の祖父と祖母が認知症になりました。母だけではなかなか介護をすることは難しく、手伝いをする事が増えていきました。

仕事場では辛い人間関係で涙も出てきて、帰宅後には介護手伝いで、血縁者の認知症の状態にショックな部分も目にして、気分の落ち込みは酷いものでした。

そんな日々を半年程経過したくらいに、仕事で少しミスをしてしまいました。そのミス自体は、顧客への迷惑まではかかりませんでしたが、やはりミスをして反省する点はたくさんありました。

そのミスした日に帰宅してから、急に「こんなミスしてしまう私なんて消えた方がいい気がする」「私がいなくてもあの会社は困らないし、私がいない方がいいのかもしれない」など、頭の中で浮かんで来たのです。泣きそうな気持ちなのに涙は出ず、胸苦しくなり、息が出来ず、煙のように消えてしまいたいと願っている自分がいました。

以前のパニック障害がまた出てしまったのかとも思っていたのですが、なんだか「死にたい」気持ちが大きくなりかけていたため、母に相談したところ直ぐに病院へ行くこととなりました。

診断は「うつ病」で、「パニック障害でのパニック発作も出ている」との内容でした。まだ今も「うつ病」「パニック障害」を寛解できてはおりませんが、こんな体験をして思うのは、一人だけではどうする事も出来なかったし、家族への感謝は何よりもしないといけないと言うことです。

うつ病だと、気持ちだけでなく、身体もうまくコントロールを出来ない人もいます。家族や周囲の人に助けを求め、まず第三者目線で診断してもらうことは大切だと思います。

何もかも捨ててしまいたくなる前に、周囲からの支えに甘えてしまって、それから考えても遅くはないです。悩んでいる方は、誰でもいいから助けを求めてみてください。